蓋を閉める

食べ終えた食卓の前で 花柄のおかず容器の蓋を閉めた。 朝が終わっていく。

黄色い光

陽が低くなって、床に長く横たわる。わたしはその上に背中をのせて、君がドアを開ける音を待つ。

開いた口を閉じるすべ

軒先にぶら下がった土の巣から、雛たちが首を出して口を開ける。黄色いくちばしが空へ向かって大きく開いている。その下に立って、知らないうちに長く見上げていた。いつからか私は何かを待つことをやめて、ただ朝が来れば起き、日が沈めば横になることに慣れていた。それなのに、あんなに小さな命が体をすっかり開け放って何かを呼んでいるのを見ると、私もかつてはああだったのかもしれない。呼んでいたものを忘れたまま開いた口を閉じて、私はまた家の中へ入った。 ところであの雛たちは、いつからあんなふうに開いた口を閉じるすべを知るのでしょうか。私は昨日の夕方、窓の外に掛かった洗濯物が風になびくのを見ながら、そんなことを思いました。 雛たちは口を閉じるころ、親鳥が運んできた虫を飲み込むことを覚えるのでしょうね。私はそれでも夕方じゅう、波打つ洗濯物を見ながら、ひとりで何かを飲み込む練習をしていました。 明け方になると洗濯物が乾きはじめた。濡れた布が風に一度しおらしく伏す瞬間があって、そのあとは何も揺れなかった。軒下の雛たちはまだ眠っていて、開いたくちばしのあいだから朝の気配が染み込んでいた。

葦原で

葦のあいだでヨシキリが鳴く。 声ははっきりしているのに、どれだけ目を見開いても鳥は見えない。 風が葦をかすめて過ぎていく。 私はその場所に立って、声が消えるまで待った。 そのあとも葦はかさかさと鳴りつづけた。 私は背を向けて湖のほとりを歩いた。 後ろではあいかわらずヨシキリが鳴いていた。 日が高く昇っていた。 私の影が足元に短くとどまってから、水際に触れて揺れた。 何も起こらない一日だった。 歩みを止めて、また耳を澄ました。 葦の音と波の音、そしてそのあいだのどこかで、ヨシキリの声がつづいた。 私はその声を聞いたまま、ゆっくり歩いていった。

流れに沈んだ足の甲

谷川の水が足首をかすめて下へ流れていきます。流れの触れるところを、小さな魚が一匹通り過ぎます。その瞬間、魚が私の足の甲をかすめても何事もなかったように下っていくのを見て、私もそんなふうに過ぎていっていいのだと思うのです。 谷川のそばでバスを待っていたことがありました。向かいの岩に腰かけた人が、靴を脱いで水に足をひたしていました。バスが来るまで、その人は顔を上げませんでした。 バスを待ちながら水に足をひたしたその人は、私の足の甲をかすめていった魚のようだったのでしょうね。下ってくる流れを見ていると、私もあの岩に座って、しばらく足をひたしたくなります。水面には朝の日差しが揺れて、水の中には魚の影と私の足の甲が一緒にあります。私は長いこと動きませんでした。 魚の通ったあとだけ、波が立ってまた静まりました。その静まりが、私を長く引き留めます。水はあいかわらず足首をかすめて下へ流れていきます。私はその流れに足をひたしたまま、何も追わない朝を過ごします。

沈んだ場所の静けさ

谷川の水が足首をかすめて下へ流れていきます。流れの触れるところを、小さな魚が一匹通り過ぎます。その瞬間、魚が私の足の甲をかすめても何事もなかったように下っていくのを見て、私もそんなふうに過ぎていっていいのだと思うのです。 足元で石が滑って、水の中へ沈む音がしました。水面が閉じたあとも、その場所だけはやけに静かでした。私はその静けさを見ながら、長く立っていました。 石の沈んだ場所が水面の上で閉じたあと、その静けさが立っているあいだ、私は流れが石の上を過ぎながらきらめく音を聞きました。その音がしているあいだ、私は足を動かしませんでした。 日が少しずつ傾いて、陰った水辺が冷たくなりました。水はあいかわらず足首をかすめて下へ流れていき、私はその流れに足をひたしたまま、何も追わない朝を過ごします。