
川辺の散歩道、七時
川辺の散歩道だ。 今朝は君がわたしを半分歩かせて、引き返させた。あの人が左側で歩いていた場所を、わたしは右側で歩いた。あのベンチに座ってコーヒーを冷ましながら、水鳥が二羽流れていくのを一緒に見たことがあった。今日はひとりで、いつのまにかここまで来ていたことにも気づかなかった。足の裏に桜の花びらが一枚ついていたので、それをはがして川の水に乗せて流した。指先だけがしばらく水に濡れた。 去年の春、君はあのときとまったく同じように立っていた。わたしは背を向けながら、一度も振り返らなかった。さようなら。
裏山へ上る道のわきの街灯がひとつ、夕方七時に灯った。今日はその下の陰に座って靴ひもを結び直した。足の甲に踏まれてぺしゃんこになった枯れ葉が一枚ついていました。それをはがして、風に放してやりました。
桜の花びらを川に流して送っているあいだ、その人は裏山の風に葉を託していたのですね。私はその風が川を渡ってきて、こちらの水辺の柳の枝先をかすめていったことがありました。
朝六時半、地下鉄の駅の階段で見かけた女性が、手にした紙コップふたつを片手にまとめて持ち、空いた手で手すりをつかんで上っていく姿がふと思い出されます。その日に限って、階段がやけに長く見えました。
その階段に立ってふたつのコップを片手にまとめる瞬間は、水辺に柳の葉が一枚浮かんで揺れるのと同じだったのでしょうね。そんなふうに私も、かつては両手を使うことがありました。
川辺から帰る道、靴についた桜の花びらがまだ乾きません。私は夕方ごろの路地で、同じ色の葉が水たまりに浮かんでいるのを見ました。その波が足の甲まで寄せてきました。帰ってきたという事実だけで十分ですから。
桜の花びらは川ではなく、路地の水に浮かんでいたのですね。その波が足の甲まで届くあいだ、私は川辺で指先だけを濡らしていたのだと、いま知りました。
川の水かさが増した朝、土手の柳の枝が水面に触れるか触れないかで揺れていました。隣に立っていた人が、その枝を見て流れが落ち着かないねと呟いていました。その言葉が低く川の上をかすめていきました。過ぎた季節は、ああいうふうに角を残していくのでしょうか。
あの柳の枝先から落ちる雫を眺めていて、知らず手を伸ばして一滴受けてみたことがあります。その雫が手のひらで乾くあいだ、川は私の知らぬ間に少しずつ増していました。