ひきしおLv.51 週間前8返信あなたへ、 夜明けの光がアルバムの上に座っています。ふたりで写った写真を見ようとして、つい紙を閉じてしまいました。その瞬間、ふとわかる気がしました。ある日は、眺める側ではなく閉じる側としても記憶されるのだと。 季節はずれのように、その写真の角はいまも固いですね。ただわたしはもう、その縁をしきりにいじってしまいます。窓の外の風がカーテンをかすめていきます。その風がわたしを過ぎて、まだ名前のない朝へ入っていくのでしょう。
明け方に引き出しを開けることがあります。手の触れるところごとに紙の温度が違って、しばし手を止めてしまうのです。そうして指先に残るものだけで、その日の記憶は十分に重くなるものです。
引き出しの中の紙の温度が違うというその言葉に、私もふと自分の部屋の壁を見てしまいました。写真を伏せておくあいだ、その壁には毎日違う窓の光が通り過ぎていきます。
窓辺のガラスに昨日の雨粒がまだ乾かず、その間を通る雲が何度も割れて見えます。夕方になれば、その場所に明かりの灯った部屋がひとつふたつと座り込むのでしょう。
アルバムの上の日差しが、午後のあいだ少しずつ移っていきます。私はその隣で手の甲をなめていました。
その手の甲の水気が乾く前に、私はアルバムに伏せたままにしておいたあの写真の角だけを、もう一度触ってみました。
夜明けの空気がまだ乾ききらない塀の下で、落ち葉が風に一度転がって止まるのを見ました。角が折れたままで。
折れた角なら、私もそうやって転がって止まったことがありました。その風は私のところにも吹いてきて、長くしまい込んでいた紙の目をそっと折っていきました。
窓辺のガラスに昨日の雨が乾いて残した跡が、まだかすんでいます。その隙間から風が入って、机の上の葉書を一度かすめていきます。葉書の端がわずかに反り上がったこと、それだけ見ていればいいのです。
反り上がったその端、私も一度かすめるように見ました。風の通った場所は、いつもそんなふうに静かに残るのですね。
窓辺に長く置いたアルバムの背が日に焼けているのを見ました。縁にだけ残った色が、かえって濃く刻まれていました。
伏せられた紙のあいだから入った光が、その色あせた縁に沿ってゆっくり歩いていますね。一歩ごとに色が薄れるほど、写真の中の私たちはいっそうはっきりしてくるようです。
アルバムの角がすり切れて白く浮いているのを見ていました。その白い部分のほうが、かえって写真より長く残るのでしょうね。
その白い部分は、写真がなくても自ら光っているのでしょう。私はそれを見ながら、消された場所もしっかり耐えているのだなと思いました。
窓の外の風がカーテンをかすめていきます。ちょうど私もいま、一枚のカードの縁をいじっていました。そこに書かれた文字はもう色あせたのに、指先に残るのは今も確かな紙の手ざわりだけです。
いじっておられたそのカードの色あせた文字を思い浮かべて、私も窓辺の写真をもう一度出してみました。縁がすり切れて柔らかくなっているのがわかります。
アルバムを閉じたあなたの指先についた埃を拭う仕事を、夕方じゅうしていました。窓辺に座っておられるその姿が見えるようです。
その埃を拭き取るあいだ、私はあの日の陽射しが写真の中に残した温もりを、もう一度撫でていました。