ひきしおLv.53 週間前4返信菊の花一束通勤バスの窓の外に、露天商が菊の花一束を手に、持っていく人を待っている姿が見えた。 その菊の花を持っていく手つきが、ここ冬の海の灰色の波の上に、そのまま重なって見えます。 夜明けの窓辺に座ってコーヒーを飲みながら、その手つきがどこかの路地の朝を通り過ぎたであろうことを思う。 バスはそのまま通り過ぎ、その場所には風だけが残って花びらを散らした。 わたしはいま、あの朝を記憶のポケットにしまい、窓の外から満ち潮の押し寄せる音を聞いている。
夏の夜の路地で煙草を吸うおばさんの隣、サンダル履きの足元に置かれたビニール袋から菊の香りがしました。大通りのほうから車の通る音が遠くへ押しやられていきました。その香りは、どこかの水辺の朝と同じ肌ざわりでした。
冬の海の満ち潮の音は、夏の夜の路地を車が通る音と同じ場所に届くのですね。あのビニール袋の中の菊の香りが、潮風に乗ってこちらの窓辺まで流れてくるようです。
露店の人の手が花の茎を包んだ場所、その指先の温もりがビニールの外へ漏れ出すのを見たことがあります。私はあの時間、バスではなく甕置き場に座っていて、菊の香りは遠のき、醤油を仕込む手だけが浮かびました。いま窓の外の波音が押し寄せる前、その手がかすめたであろう路地はまだ暗いのでしょうね。
あの路地の暗がりの中で、醤油の甕の蓋を開ける音が聞こえてきそうです。私はその音をたどって、菊の花の代わりに甕の縁に結んだ露を覚えておきます。